≪ピックアップ動画≫ 女の人って公についてあんまり関心が無いのかな?

 

YouTube

ゴー宣ファンチャンネル

 

(51:48~58:32)

https://www.youtube.com/live/69rSVESxOcU?si=reP9SgE7QqN3g7jN&t=3108

 

 

まいこさんの番組感想文

 

「ニヒリズムに抵抗し、自分以外のものに関心を持つファンサイトに集まる人たちは弱者ではないのでは?」というところ、先週土曜にお伺いした際に、「ゴー宣を読む人は、主体的に考える人が多いのではないか?」と話していたことと重なるように思いました。

 

 

チャット欄には「ファンサイトやゴー宣に辿り着いた時点で、情報強者だと思います」と書いていました。

 

「頭から入ったイデオロギー」で伝えられる情報に対して、「土着の常識から湧き出る」感覚、先祖から受け継いだ縦の糸と、生活の中で培った横の糸が育んだ常識との齟齬を感じてゴー宣を手に取り、さらに同じ思いを持っている人たちを捜し、検証し、相対化して取り入れようとファンサイトに辿り着いた方たちは、やはり強者であると感じます。

 

 

大阪から戻り、『差別論スペシャル』の次に再読をしたのが『戦争論』でした。

 

チャット欄に書いた「女性は『君のためなら死ねる』という男としか結婚してはいけない」は、先生の講演会に同伴した娘が小学生になったときから伝えており、再読して「あ、この御言葉も、『戦争論』のものだった」という印象深く、生活の指針にしている箇所がいくつもありました。

 

 

会議をしている際、男性から「で、結論は?」といった顔をされることがよくあります。

 

「話を聴かない男 地図を読めない女」という2000年刊行の名作は、今では物議を醸しそうですが、狩猟採集時代に、狩りに出て獲物という結果を上げて戻ってこなければならない男性の特質と、「どこにどんな木の実があるか」など、子どもの面倒を互いにみながら生活に必要な情報交換をしつつ、横の繋がりを作ってゆく女性の特質というのは、いまでもある程度当てはまるように思います。

 

 

「意見広告運動」は、たけし社長と管理人さんを主軸に詳しい経過報告をされる縦の糸と、「子供の面倒をみながら情報交換をしつつ横の繋がりを作ってゆく」方々が広告への感想文を綴る横の糸が織り成すファンサイトの力が余す所なく発揮された機会でした。

 

チャット欄には「父性の小林先生 母性のファンサイト」といった言葉を書いて下さった方もいました。

 

ファンサイトに女性が集まりやすいのは、管理人さんが、不安に感じる方にも誠実に目に見える形で対応されつつ、ゴー宣をしっかりと咀嚼して、生活の指針にしていらっしゃること、父性と母性のバランスが取れていることが、自ずと伝わっているからですね。

 


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コメント: 15
  • #15

    牛乳寒天 (日曜日, 03 3月 2024 16:50)

    ひとかけらさん、リカオンさん、受けていただきありがとうございます。いつもマメなご投稿に励みをいただいているお二方なので、尚更ありがたみを感じています。

    ゴー宣にあった、親米保守のキバがとけているコマが、恐怖感みたく印象づいています。ああはなりたくないけど、自分の姿でもあるんだという自戒と葛藤にピッタリすぎて。
    このサイトでお会いする方々のように、自分なりの戦い方でキバを鋭く磨き備えられるよう励みます。

  • #14

    おおみや (日曜日, 03 3月 2024 13:58)

    それぞれに男性誘導のノウハウはお持ちの方は多い事でしょう。男性がマウントを取って満足しているならば、そこからが勝負どころのグレイシー柔術戦法、冷静に攻めどころを見極めるならば対処する事は可能です。私とて男性、あとは女性の皆様同士で共有してみれば良いかと思います。
    職場に於いては(そのノウハウを実際に使用する事を阻害している要因とは何か?)と女性陣に問う事、これをじっくりゆっくり仕掛けております。(今、貴女が男性陣の行動・言動に対しておかしいと思っていながらなぜ言い出さないのか?)(それは何とトレードオフしての結果なのか?)(単に思い付きで行動する男性陣に成功体験を与えてしまいクセにさせ劣化させているのは貴女ではないのか?)(にも関わらず 男尊女卑の会社だから…と裏で言っているだけでは貴女の忍従が増えるだけだが、それでよいか?)(生み育ててくれた親は、そういう人生を望んでいたのか?)を狙い。実に面倒な悪人。
    その一方、公どころか(どうやり過ごすか)のみに集中して人生を終えてゆく運命にあると思われる男性は非常に多くおります。発言や思考をする気力はとっくに失っているのですから、コミュ力や語彙力を悩む機会もありません。よって距離感やリスクを測る力も無く、恋愛対象からも外れたまま年齢を重ねております。そういうタイプの人は、仕事上でも自らの工夫はゼロで(言われた通りの事しかやらない)。その上、性格をこじらせている場合もあります。妙な攻撃性となって表出し、他の人が誰も手に負えなくなって私が預かり…その「ころがし手腕」により「名飼育員」と評して頂いた事も。
    男性誘導のノウハウは私なんかよりも本職の女性の方がお上手な筈ですので…引き続き皆様の御健闘を願っております。

  • #13

    リカオン (日曜日, 03 3月 2024 08:45)

    #9 牛乳寒天さんの投稿いつも楽しみにしています。他の女性の意見を私も知りたいので、牛乳寒天さんがコメントしてくださる事で、たくさんの気づきを得ることができます。

    #11 グッビオのオオカミさん
    そうですね。社会問題に関心がない事がひいては凡庸な悪に踏み出す一歩ですね。関心を失えば自分もその一員になると肝に銘じて、ゴー宣を読み続け、時事問題に関心を注ごうと思います。

  • #12

    リカオン (日曜日, 03 3月 2024 08:10)

    他の方も指摘されていますが、男性の中で女性が発言しにくい問題もあります。

    ・女は男を差し置いて発言するな圧
    ・女性に天下国家がわかるのか偏見
    ・男性より良い意見を言った時の反動や嫉妬
    ・意見を堂々と言った場合のあいつは女らしくない発言
    ・でしゃばる女は結婚できない、恋愛対象から外される
    などのこれまで種々の圧力があり、これに女性は疲弊したり、男性から一歩下がっているのが女らしさだと一種の調教を受けています。なので女性は率先して意見を述べる事に躊躇する場合があります。

    この圧力や長年染み付いた女らしさの呪縛を超えて発言できるのは、強者なのかも知れません。

    ヒステリックフェミが最初から攻撃的なのは、これまでに受けた上記に挙げたような理不尽な仕打ちに納得がいかず、全ての男性が上記の態度をする事を前提にいきなり咬みついているのです。彼女らの心象を代弁しますと怒りと恐怖だと理解できます。

    なので自分も男性から上記のような態度をとられれば、ヒステリックフェミと同様の反応を取るかも知れません。
    自分の場合できる限り話し合いで解決する、マウントを取ったり偏見を言う男性にはやんわりと反論しますが、女の分際でと怒り出されたり、影で嫉妬されたり、最悪立場を利用されて冷や飯を食らわされる場合はどうしようもない。
    機会を奪われれば女性の天下国家を語る訓練も減っていきます。

    道場イベントやファンサイト関連の交流会に何度か参加し、社会問題について語り合いたく顔を出しました。結果今のところうまくできていません。男性が語っているところ自分の話す機会をうかがっていると、テーブルチェンジになってしまう。次こそはと思うのですが、男性も女性と会話するのに遠慮があるのか男性とばかり話をしている。また、時間が短くて親睦がメインになり、なかなかいきなり社会問題を語り合う所まで行かず時間切れとなります。

    こればかりは話し下手という社交的技術的問題があるのだと思うので、自分の課題です。
    女性同士だとその点ハードルが無くなるので、ゴー宣女子とはスムーズに社会問題について意見交換ができました。

    以上述べた男と女の間に壁があるため、男性から見ると天下国家の考えを持つ女性と意見交換ができていない。一方女性の立場から見ると意見を言う機会が少なくて訓練不足。そのため男性からみて女性は公に対して関心が無いように見えてしまうのかも知れません。

    ゴー宣読者はぜひともこの壁を取り払い、男女の垣根を超えてカフェ文化を発展させたいものです。
    長文失礼しました。

  • #11

    グッビオのオオカミ (日曜日, 03 3月 2024 01:01)

    #7リカオンさんへ
    #6のコメントは全面的に賛成します。
    小学生の記事のスクラップ…私はやった事がありませんねえ。
    クリスチャンの先生の事はよく分かりませんが、長年読みつがれて来た聖書も、時代や形は変わっても"歴史は繰り返す"です。
    ユダヤ人もまた失敗を繰り返しつつ、生きていて旧約聖書や新約聖書に書かれている、当時のユダヤの民への批判は現代人の世相の批判にもなります。
    私の場合は、元々こうして発言する習慣が無かったし、そもそもSNS音痴です。
    そんな私の堪忍袋の緒が切れたのはやはり「コロナ禍」です。感染対策至上主義は有害なワクチン接種の強制を生みました。
    私が強く問題視するのはハンナ・アーレントが言う「凡庸な悪」です。
    煽動と群衆心理とイデオロギー。そしてその前に思考停止をし、世間に妥協し悪気も自覚もなく、片棒をかつぐ事です。
    私はコロナ禍の時に一矢報いたかったし、次の世代のために少しでも世の中をよくしたいとの思いから投稿と書き込みをしています。

  • #10

    ひとかけら (土曜日, 02 3月 2024 21:09)

    牛乳寒天さん:#9

    私も弱さと向き合いながらも自分の出来る事をするのように心掛けてます。

  • #9

    牛乳寒天 (土曜日, 02 3月 2024 18:02)

    ご投稿の文章、縦横の繋がりを深く掘り下げ丁寧な表現をされ、その繊細さと洞察力が素晴らしすぎます。カレーさん、まいこさんをはじめ、常連中の常連の皆様方、本当に素晴らしいです。
    そんな皆様と同じように頑張りたいと思うのと、ゴー宣ファンの敷居をとことん下げてくださるカレーさんのご厚意に甘え、私もやれる範囲で想いを言葉にする訓練の意味合いで投稿させていただいております。それですら難しく、言葉も思考も練られないうちに「今日の夕飯何作ろう」「明日特売のアレ買おう」「漫画続き読みたい」などフワフワ違う事を考え、行動がそちらに向かってしまいます。

    夫をはじめ、よく男性にマウントを取られるので腹はたちますが、自分の視野があまりに狭く、生活に関するしょぼい方向に向かうので致し方ないかとも思います。(やんわり相手の不備付いて、怒りに触れそうなギリギリの攻めで仕返しする時もあります。)そんな自分の背景とリンクさせながら、ご投稿を拝読しました。私も男女や置かれた立場により見えている公が違うと考えています。

    このサイトに行き着いた方は強者といっていただく事は大変ありがたいですが、私自身はやはりどうしようもない情報や思考の格差を感じるので、みんながみんな強者には当てはまらない気がしてしまいます。否定ではなく、格差プラス、時間・手間・お金・覚悟を注ぎ込んでいる方々を尊重したくなる、という意味です。

    自身の苦い経験から、思いを行動にできる人を目指し頑張ってきましたが、やはり格差以上に覚悟が自分に足りない事を痛感しています。覚悟が決まらないのも、自分の狭い公にとらわれているからですし、それはそれで大事だから器量以上のことに手も出せないのが現状です。
    せめて、このサイトで上質な情報や仕事、表現に触れて励みいただきながら、自分の足場固めつつ、自分なりの覚悟を決めた時にしっかり行動できるようになりたいという希望もとうと思います。

    考え述べる…というより言い訳が多くなりすみませんでした。



  • #8

    おおみや (土曜日, 02 3月 2024 13:44)

    男性から「で、結論は?」といった顔をされる事がよくあるとするならば、自分の体験から転用してみるとすると…
    「そう見えてしまった私は貴方の意図を読んで結論だけ言っておけば良かったですかね?それから、貴方がそう思っていながら口にせず表情だけ作っていたのは貴方の優しさですか?その表れていた表情は貴方の理解の阻害の象徴かと思いますが、深く理解したくないならそうやってやり過ごし続けておけばよいでしょう。それともこの場にいらっしゃる偉い人の顔色を伺っておられる?そういう生き方も尊重は致しますが、それが全ての世界観でもありません。分かりますかね?」という返しが考えられます。これは一見すると(逃げ場の無い所へ追い込む=狩猟の手法)という形を取りつつも(相互理解への学び直し、その機会を与える=採集の経験値)という公的な要素も含みます。
    解説文の太字の部分は私も日々の中でよく感じているところです。犬型人間&猫型人間という分け方もありますね。それも、くっきり2つに分かれているという事はなく(個々にそれぞれの要素が混ざりあっている)(混ざりあっていつつも、男女に傾向はある)(そうやって少しずつの違いを生みつつ生存を繋いできた要素の一つに有性生殖というシステム)。おおよそはこういう理解の上で先生の作品を楽しむライト層としても日々を送っております。

    ある程度「主体的に考える」といえば、遥か昔の高校の卒業式、母校では 卒業式のリハーサルは一切やらない、一発できめるべし、が伝統として受け継がれておりました。「もう18歳、その振舞い方ぐらいはもうわかっているでしょ?」が理由でした。先生方もなかなか良い送り出し方をしてくれたと感じました。口能登に位置するその高校も先日は卒業式、今回は地震による校舎の下水管破損の影響で別会場となったのでリハーサルなしとなったかどうかはわかりませんが…とにかく、よき先輩でありたいものだと思っておる処です。

  • #7

    リカオン (土曜日, 02 3月 2024 10:09)

    グッビオのオオカミさんへ

    私の小学校の先生で週一回、自分の関心のある新聞記事を切り抜いて自分の考えを述べるという授業をしていました。ある時私は時事評論を切り抜いて、この文と同じ意見ですと述べたところ、「それで、君の考えは?」と問われました。自分の頭で考えなさいという事を言いたかったのだと思いました。

    ファンサイトでニュースを投稿したりコメントするのは、この小学生の時と延長線上にあるなと思います。また自分の考える習慣の基礎になった気がします。

    この小学校の先生はクリスチャンの方でした。倫理観や思考を授業を通じて生徒に教えたかったのだと思います。

  • #6

    リカオン (土曜日, 02 3月 2024 09:28)

    グッビオのオオカミさんのコメントを受けて、カレーさんのファンサイト女性参加50%を目指すのに資すると思いましたので追加します。

    ここで仮に女性が考える公が生活の安定、子供を健やかに育てる事だと仮定します。
    男性が考える公が天下国家を語る事と仮定します。

    この二つを結びつける事が、女性に政治へ関心を持つようになり、さらに男性が女性を理解して男女公平な社会を実現させる事につながるのではないでしょうか。

    今は政治不信や諦めが強くて若い人ほど投票率が低い。政治も女性や若者相手では票にならないので、女性や若者のためになる政策をしない。その結果の少子化、女性の地位の低さ、経済低迷になる。手遅れになってるのに政治の腰が重い。ますます女性は政治に無関心になる。

    (ある女性が政治で何とかして欲しい件を政治家に持って行ったら、我々ではなく宗教団体を通して訴えてもらった方が早いとアドバイスされたとか、何かのブログで読んだ。何だそりゃ。政治家は国民の訴えより宗教団体の方が大事なんかい。これじゃ政治に訴えても無駄と感じるだろう。)

    なので、天下国家を語る事が直接安定した生活に直結する事が分かれば、女性の政治への関心が高まるはず。
    子供へのワクチンをやめさせようとして世論に訴えようとした意見広告運動のように。

    ゴー宣は繰り返し天下国家を語る事と我々の暮らしが繋がっている事を丁寧に分かりやすく伝えて来ました。だが、まだゴー宣を手に取っていない方がたくさんおられます。
    ゴー宣を手に取る人を増やそうというのがカレーさんです。ファンサイトは弱者の集まりでは無く、弱者を強者に変える場所なのだと思います。

    ちなみに女性である自分が意見広告運動に参加したり、ゴー宣ファンである事は、自分の子を含め未来の日本人に少しでも良い日本を残しておきたいと願うからです。両方の公を結びつける投稿を心がけようと思います。

  • #5

    グッビオのオオカミ (土曜日, 02 3月 2024 04:55)

    追加を書きたくなりました。
    先ほどのコメントを書きつつ、かなり前に知人から借りて読んだマンガ"デス・ノート"を思い出しました。
    主人公"夜神月"はある日、顔と名前が分かれば人を暗殺出来るデス・ノートを"死神リューク"から受け取ります。
    かねがね裁かれずのさばり続ける極悪人と、被害者の報われない悲しみに怒りを覚えていた夜神月はそのノートで、裁かれない極悪人達を次々に暗殺します。
    しかし、やがて夜神月はそんな正義の裁きの手を持つ自分自身を殺人犯として捜査する人間や、自分のやろうとする行動の邪魔になる人間まで殺し始める。
    正義の味方"夜神月"は裁かれない極悪人を闇に葬る中で自分自身こそが裁かれずのさばる極悪人になっている事に気付いていない…彼は自分の描く理想を神格化し始め自分は"神になる"と言い始めます。

    …それはちょうど、オウム真理教のポアの論理や、赤軍派の粛清の論理の様に正義の名の下、世の中の為と称して殺人を犯していく様と同じ論理でしょう。
    夜神月はマンガの主人公ですが、オウム真理教、赤軍派と"夜神月"に無いのは、生身の生活だと思います。
    世の中に正義を成すならばそれだけの責任を現実に負わなければなりません。
    公と私と生活。自分の行動の責任。
    それを自覚するかしないかは、小さいポイントですが大きい差だと思います。

  • #4

    グッビオのオオカミ (土曜日, 02 3月 2024 04:07)

    リカオンさんのコメントと、カレーせんべいさんの奥さんの話。
    まいこさんが言う縦糸と横糸。
    それと「公」と「私」。
    思えば…誰にも身近な私生活があり、生身の生活があります。
    生活の必要を満たすのは単なる「私」でも無いでしょう。
    また、公共の時事問題を考えるにしても、そういう等身大の生活実感を無視してイキナリ一から十まで天下国家を語る事が「公」でも無いでしょう。

    「私」の足元をしっかり固めつつ、「公」を考察する。
    「公」の動向を追いつつ、「私」の生活をする。
    その時に「公」に起きている事が身近な私生活に、「私」の日常の変化の中にも公共の動きの結果の一部が、それぞれ"兆候"や"傾向"として現れるものでしょう。
    コロナ禍も、皇位継承問題と統一協会問題(これは安倍晋三論として)も、キャンセルカルチャーも。
    身近な私生活の変化や論調と、公共の動向とがある程度リンクしているものだと思います。

    男女の差の有無があるかないか、又は違いがあって良い悪いを言いたいのではありません。
    私を忘れずに公を見、私の中の公を見る。
    公を忘れずに私を見、公の中の私を見る。
    案外、大切に視点だと思いますよ。
    思えば、赤軍派やオウムだって「公」の事を論じていたのですが、彼らは決まって現実の「私」の等身大の生活を無視する事にしていた様に思います。
    その結果が'あれ"なのだろうと思います。

  • #3

    ひとかけら (土曜日, 02 3月 2024 03:41)

    かつて居た職場で50代女性の同僚は子供の教育と介護と仕事で金を得て生活の足しにすることを主眼としてました。ある時、日本国憲法9条を知ってるかと尋ねたら余り知らないという答えで、私は一瞬驚きましたが直ぐに思い直しました。日々の生活が大変で政治的な事を考える余裕が無いのだろうなと。

    さらに職場の40代女性は反ワクチンで愛子さまが次の天皇になってほしいと願っていて秋篠宮家が税金の無駄遣いをしていて戦争は日本で起こる可能性について危惧してました。お金に余裕は無いけど子育ては終わっていて生活や時間には少しは余裕が有る感じです。

    私は愛子天皇論や佳子さまからの警告を40代女性に渡して感想を聞いたところ、政治が愛子さまが天皇になるのを妨げてると理解したようでした。そして反秋篠宮家も表面上は引っ込めました。

    私が50代女性と40代女性と接して思ったことは、お金と生活に余裕が全く無くて政治に関心が持てない女性と、お金に余裕が無いからこそ政治に関心を持ち何とかしようと話題にし何とかしようとしてる女性が居るということです。私が出来る事は両方に響く言葉を紡ぐことだと思いました。幸いな事に、エンタメに関心が有る人は世の中の大半だと色んな人と話してゴー宣にも関心を持ってもらえたら良いと思います。

    私も親の介護の可能性が有り、自分の生活を第一に考えているので余裕が有る時にゴー宣DOJOと公について考え行動するようにしてます。

  • #2

    さとがえる (金曜日, 01 3月 2024 23:34)

    まいこさんの言われる、ファンサイトが横の糸となっていること、同意します。
    特にコロナ・意見広告運動の時に強く感じました。
    これからも新しい人の入り口となるような横の糸的展開、期待しております。

  • #1

    リカオン (金曜日, 01 3月 2024 23:30)

    私も考えがまとまらないのですが、カレーさんの奥様に近い考えになります。

    男の考える公と女の考える公が違うのではないでしょうか?
    出産した途端に女は産んだ子に全集中します。命を守り育てる事が公になる。子育てを行うために日々の暮らしを安定させる事が公になる。
    男の考える公は政治とか経済かも知れないが、子育てや日々の暮らしに比べて直接関係ない地に足が着いていない世界と感じる。むしろそれは男が作ってきた世界で、女と馴染みのない世界。男性同士議論している姿を見ていて、だんだん現実から乖離していく(つまり机上の空論に見える)場合もしばしば。

    しかし、政治や経済も女の意見が反映されるようになり、実質的に暮らしや子育てがより良くなると確信が持てるようになれば関心を持ち、女性の参加が多くなると思います。今は政治への諦めや不信感がさらなる無関心を呼んでいる様に見える。

    ワクチンの問題に多くの女性が関心を持ったのは子育てや日々の暮らしを直接的に脅かす危機を感じたからではないでしょうか。

    ちょっと考えがまとまりませんが。