ゴー宣との出会い掲示板 

「ゴー宣読者が、ゴー宣との出会いや、

ゴー宣を初めて読んだ時の思い出を語り合う」掲示板

コメント: 4
  • #4

    希蝶 (金曜日, 01 11月 2019 19:50)

    実を言うと、私と「ゴー宣」の出会いはそんなに古いものではなく、新ゴー宣7巻描き下ろしの「ゴーマニズム戦記-新読者のために」からです。当時、私は井沢元彦さんの「逆説の日本史」のファンで、その井沢先生と、よしりん先生が対談した本で、「ゴー宣」のことを詳しく知り、何となく興味を持った、そして、たまたま書店に単行本が売っていたので、手にとった、というような感じでした。

     小林よしのりと、「東大一直線」・「おぼっちゃまくん」の名前はきいており、「おぼっちゃまくん」のアニメのことも知っていましたが、放映当時はあまり関心がありませんでした。面白い、という話はうかがっておりましたが。

     本格的にのめりこんだのは「戦争論」と「脱正義論」で、「戦争論」の衝撃的で、昔よんだ和歌森太郎さん監修の「日本の歴史」の内容を思い出しながらよみました(第二次大戦について、日本がほかの列強よりも出遅れただけ、というようなことを語っている)。
     しかし、「脱正義論」の衝撃はそれ以上のもので、これだけの話をしらぬまま、自分は何となく一日を過ごしてきていたんだ、と思うと、穴があったらはいりたい位の気分になりました。とりわけ、p78の「知ってますよ」と語る川田龍平の表情と、そこからよしりん先生がショックを受けた場面から、よしりん先生は、どれだけ悲しい思いをしたのだろうか、というふうに感じました。「運動」や、ひとりがっての正義感の危険さについても、考えさせられました。

     当時、私は「高校生の現役合格を目指す、教材販売を兼ねた受験指導会社」なるものに勤めており、薬害エイズのことを知らずにいた自分が、社会科指導をする上で、どれだけノータリンであったのか、というふうに反省しました。それから、(社会科への関心を会員の生徒に持たせるために)電話質問の回答などで「ゴーマニズム宣言」の話をするようになり、周囲にも「ゴー宣」の宣伝をしました。そのことが問題とされ、「お前のおかげでクレームが増えている」と言われ、上司から目の敵にされました。確かに仕事では、自分の好みを押しつけるようなことはしてはならなかったんだ、と今にして思います(しかし、南京虐殺とか、慰安婦とかを、学校の伝える通りに教えることに我慢がならなかったのです)。

     その後もゴー宣はSAPIO雑誌も購入し、「わしズム」も買って夢中になってよみました。「ゴー宣道場」ができ、応募して当選し、ホームページの「掲示板道場」などにも参加しました。アンチの存在も知り、自分も応援のためあれこれやりましたが、かえって周囲の迷惑になってしまい、ある人に注意されてホームページそのものから遠ざかり、一時期、「大東亜論」以外の情報を得ないようにしていました(その期間、一度だけ応募して当選し、参加したこともあります)。

     携帯電話会社のおぼっちゃまくんCMと、カレーさんの「関西ゴー宣」開催の話がきっかけで、再びホームページを拝見するようになり、堀辺師範の訃報を聞いて、再度応募するようになり、シンキムさん騒ぎでライジングコメントにも投稿するようになりました。

     今後悔しているのは、掲示板道場やコミュニティー掲示板・チャンネル掲示板で、(長文を投稿する)ある人に少し辛く当たったことです。その人は現在病気で療養中とのことですが、とても心配です。ただ、少しだけ言いわけをすると、その人の癖のある文章は、周囲の反感を買うとも感じたからです。自分としては注意のつもりでしたが、相手にとっては、ただ突っかかっているようにしか見えなかったのでしょう。そのことだけが心残りです。

     長くなりましたが、自分の「ゴー宣」とのかかわりをまとめてみました。

  • #3

    皿うどん (土曜日, 12 10月 2019 18:59)

    私は最初にSPA!でゴー宣の連載が始まった頃は、22~23歳の頃でした。大学を出て社会に出る頃でした。一番最初の頃から連載で読んでいた訳ではなくて、
    最初の頃は、単行本を買ってその都度読んでいました。
    「噂の真相」と戦うようになった頃から、SPA!も買って読むようになって、
    オウムと戦うようになった頃~薬害エイズ訴訟の頃にかけては、応援レターや感想レターを出すようになりました。
    SPA!誌上がオウム寄りになって狂っていた時は「もうこの雑誌を出ていくべきです!」という手紙を出して、
    その手紙をゴー宣に掲載して貰ったりということもありました。
    その後、SAPIOの「新・ゴー宣」の読者になりました。
    SPECIAL本も「差別論」の頃からずっと買ってきました。
    「戦争論」を読んだのは29歳の時でしたが、衝撃を受けました。
    東大快進撃の終盤を読んだ時以来の衝撃だったと思います。
    その時は、戦中派の祖父は既に亡くなっていましたが、
    祖母と戦争論を通じて、戦前や戦時中や戦後の話を聞かせて貰うことが出来て、
    今も感謝の思いです。
    その祖母ももう亡くなって9年経ちますが、
    今も10代や20代の若い人が戦争論を読んでいるという話を聞くと、
    歴史の縦軸は繋がっていっている、と感じます。

    私もずっとサヨクでしたし、大学受験の時の日本史の参考書とか、凄い自虐史観バリバリで、
    当時の世間の風潮もそうだったので、ぼんやりとそういう空気に流されていました。
    亡き祖父が戦友の人が家に訪ねて来た時に、酒飲みながら戦時中の話をしてるのを、
    子供の頃は嫌ってしまっていました。
    でも、孫に対して凄く優しいおじいちゃんだったし、
    お酒は好きだったけど、愛嬌があって、
    頑固なところもあるけど、憎めないおじいちゃんだったので、
    祖父が生きているうちに、自分がもっと早く気付いて変わるべきだったと、
    戦争論を読んでから凄く悔やみました。

    天皇陛下に関しても、昭和天皇の頃は、自分がサヨクだったので、
    あまり自分の生活とはかかわりない人、という認識しかありませんでした。
    しかし、昭和天皇が体調を崩して、容体がテレビの字幕スーパーで流れるようになった頃は、
    下血の量とか、こりゃいくらなんでもプライバシー的に失礼なんじゃなかろうか、とは思っていました。
    ただ、その時も、ビデオ録画で字幕が邪魔だなとか、好きな番組が自粛で見れなかったらどうしようとか、
    そんな自分勝手なことを考えていた始末でした。
    ただ、祖父母の素朴な天皇陛下や皇室への敬愛を見て来たのと、
    両親も戦後民主主義的な感覚にはなっていましたが、祖父母の尊皇心をいくらか受け継いでいたことがあったので、
    それが、自分の中で防波堤的な感覚になってはいたのかなと思います。
    しかし、天皇陛下や皇室に関しても、ずっとぼんやりとした感覚でいたので
    天皇論シリーズを読むことで、少しずつ考えを深めていった感じです。

    2010年代初頭くらいに、ちょっと小林先生の漫画を読んでいなかった時期があって、
    ライジングも最初は読んでいなくて、ゴー宣道場の初期のこともよく知らないのですが、
    ライジングを購読するようになった前後あたりから、ゴー宣、大東亜論、辻説法と、
    連載誌を追いかけて読むようになりました。
    カレーせんべいさんのことは、ゴー宣道場関係の出版物か何かでお名前を知って、
    そこから自分が九州の設営隊に入るきっかけに繋がりました。
    昔も「ゴーマニスト大パーティ」とか、自分以外のゴー宣読者さんを知る媒体はいくつかありましたが、
    ネット・SNSが発展した今現在では、こんな風に交流できるということが、凄い事だなと思います。
    ありがたいことですね。
    長々とスミマセンでした。

  • #2

    ぷー (木曜日, 10 10月 2019 22:35)

    僕の場合は、社会人になってからでした。

    何故か、初期のゴー宣が会社の寮に置いてあったんですね。
    その時は、ちょっと斜めに捉えてたって言うか、
    あぁ、こういうモノの見方もあるんだな、ちょっと捻くれてるけど面白いな、
    って感じで読んでました。

    で、目から鱗が落ちたのが、戦争論。
    今でも憶えてますが、人を待ってる間、京橋の駅前の本屋で立ち読みしてたら
    面白くて面白くて、でも、分厚いもんだから立ち読みしきれなくて、
    やむを得ず買ってしまったのがこの本ですw

    自分も、大学生の頃までは、完全に頭でっかちの理屈だけのサヨクでした。
    でも、大学から一人暮らし始めて、社会人になって、
    人や社会と直接の関わりを持つようになってきたからだと思うんですが、
    人の情とか業とか、単純には割り切れないモヤモヤしたものも感じるようになってきて、
    そんな時に、ドンッて入ってきたのが戦争論でした。
    情と理が融合して、はじめて思考に血が通ったと言うか…

    うーん…分かりにくいですねw
    でも、これ、お題としては難しいですよ。
    いろいろ思い入れがあって、すぐには書ききれないって言うか。
    思いついた時に、ちょっとずつ、小出しに書いていこうw

  • #1

    カレーせんべい (水曜日, 09 10月 2019 00:02)

    ゴー宣との出会い。
    それは平成11年(1999年)、私が大学2回生の時。
    私は「とある写真集」を手に入れる為、おじいさんが一人でやっている本屋さんに行きました。

    写真集を手に取って、レジまで持って行くまでには心の準備が必要です!
    私は色んな本棚をフラフラしていました。
    その時、おぼっちゃまくんの作者である「小林よしのり」を目にし、たまたま手にとった【「個と公」論】が、私とゴー宣との出会いです。

    【「個と公」論】をパラパラっとめくってみて、
    「なんかよく分からんが、人の悪口ばっかり言ってるなぁ」
    と思ったことを、今でも覚えています(笑)

    その1週間後、別の本屋で、たまたま文庫本の【差別論スペシャル】を目にしました。
    「また『小林よしのり』の本だなぁ」と思ってパラパラっとめくってみたのですが、
    最初の数ページで強い衝撃を受けました!
    『欺瞞の無い差別論』に心が揺さぶられました。

    またゴーマニズム宣言という漫画が『物語と現実がクロスしていること』に興奮を覚えました。
    ここから本屋に寄っては「小林よしのりの本」を買い漁る日々が始まりました。
    そして私の人生に決定的に影響を与えてくれた2つの本、【脱正義論】と【戦争論】に出会いました。

    【脱正義論】は私の生き方のバイブルです。
    もしこの本と出会わなければ、今のように普通の社会人になれたかどうか分からないです。
    竹田青嗣さんは書評でこのように述べています。
    「小林が出会った難問はこうだ。人が世の矛盾や不合理にぶつかったとき、なるようにしかならないと諦めるか、それとも完全な社会を実現するまで徹底的に闘うか、このどちらかの道しかないのだろうか、と。……この本全体から強く伝わってくるのはそんな馬鹿げた二者択一しか存在しないはずがない、という小林の思想的な確信なのである」と。
    私は『脱正義論の先にあるはずだった景色』をこの目で見てみたいと思うようになりました。

    そして【戦争論】。
    私はこの本を読むまでは完全に「サヨク」でした。
    7歳から15歳までの間に叩き込まれた「平和学習」。
    私は祖父を軽蔑してしまっていました。
    だけど【戦争論】のおかげで目がさめました。
    祖父と戦争について話をすることができました。
    貴重な話を聞きました。
    それは祖父が亡くなる直前でした。
    私は、このご恩を一生忘れません。

    私のゴー宣との出会い。
    たまたま手にとった【「個と公」論】がキッカケでした。
    それから約2ヶ月ほどで、当時出版されていたゴー宣関係の本は全て購入し、
    小林よしのり先生の新刊が出るたびに発売日に購入し、今にいたります。

    「個と公」。
    今なお考え続けている人生のテーマです。